カーチャ・カバノヴァー ローマオペラ

カーチャ・カバノヴァー

 

作曲:レオシュ・ヤナーチェク

台本:レオシュ・ヤナーチェク(チェコ語)

原作:アレクサンドル・オストロフスキーの戯曲「嵐」

初演:1921年11月23日、ブルノ国民劇場(ブルノ)

 

あらすじ

 

時と所:1860年代・カリノフ(ロシアのヴォルガ河畔の町)

 

第1幕

第1場:カバノフ家の前の河畔

午後の暖かい陽の射す河畔で、ヂコイ家に雇われているクドリャーシが、カバノフ家の女中グラーシャにヴォルガ河の美しさを語っている。するとそこへ商人のヂコイが甥のボリスを「この怠け者めが!」と叱りつけながらやって来て、女主人は何処かと尋ねる。グラーシャは「公園にいます」と答え家に入っていった。ヂコイが公園に向かうと、クドリャーシがその場に残されたボリスに「何故あんな風に怒鳴られても我慢しているのですか?」と尋ねると、ボリスはその理由を静かに語り始めた。彼は両親の死後、祖母の遺言により叔父のヂコイに全財産を管理され、成長した時にヂコイに礼儀を尽くしていたのなら財産を受け取れると決められていた。今は親戚の所にいる妹のためにも、自分が我慢をしなければいけないのだと言う。饒舌になったボリスは、その後自分が人妻のカーチャに想いを寄せていることもしゃべってしまい、クドリャーシに「そんな不毛な恋は諦めなさい」とたしなめられた。
そこへカバノフ家の女主人カバニハを始め息子のチホン、その妻のカーチャ、カバノフ家の養女ヴァルヴァラが帰って来るので、ボリスはサッと家の陰に隠れた。カバニハは息子のチホンに市場へ出掛けるよう命じると「最近お前は嫁の肩ばかり持って、私を蔑(ないがし)ろにしているよ!」とチホンを責め出した。チホンも妻のカーチャも「そんなことは決してありません」とカバニハをなだめるが、カバニハはカーチャに悪態をつき、彼女が逃げるように家の中へ入った後も、嫁の態度が悪いとチホンを責め続けた。カバニハが家に入った後、養女のヴァルヴァラまで「あれではカーチャが可哀想!」とどちら付かずのチホンを責めた。

第2場:カバノフ家の居間

カーチャがヴァルヴァラに、結婚する前の自分がいかに自由で気楽だったかと話している。そして姑に冷たくされる毎日を嘆くと、そのせいか最近自分は浮気をしたくなると告白した。相手の当てはある様だった。「それでは行動に移してみては?」というヴァルヴァラに「とんでもない!」とカーチャが返したところに、夫のチホンが旅立ちを知らせに現れた。カーチャはチホンに抱き付くと、自分の悪い考えを打ち消してほしいと言わんばかりに「どうぞ私も連れていって!」とせがむが、カーチャの本心など微塵も気付かないチホンは「我慢して待っていてくれ..」と妻をいさめた。「ではせめて貴方のいない間、他の人とは関わらないように命令してってくださいな」とカーチャが言うと、姑のカバニハが現れて「夫が留守中の妻の心得」をカーチャに命じていけと息子に言う。チホンは嫌々ながら「姑をたて、よく働き、不貞を働かない」などのセリフをカバニハに復唱させられると、追い立てられるように玄関へと向かった。別れを惜しみチホンに抱き付くカーチャを、カバニハはまた「はしたない!」と罵った。

 

第2幕

第1場

カバノフ家の一室 カーチャとヴァルヴァラが縫物をしている部屋で、カバニハが「家の嫁は夫が長旅に出ているのに、悲しむ素振りもないよ!」と忌々しそうに言い立ち去る。ヴァルヴァラはカーチャに「私恋人と密会するために、庭の木戸の鍵をこっそり持って来ているのよ。これをあなたに預けておくわね。」と意味あり気に鍵を渡すと、部屋から出ていった。その鍵を自分で使うことを想像して、カーチャは「そんな恐ろしいこと出来ないわ!」と鍵を窓から河目掛けて投げ捨てようとするが、その時姑カバニハの声が聞こえるので、カーチャは咄嗟に鍵をポケットに入れてしまう。すると今度は密会への扉の鍵を手に入れたのだと、カーチャの心は期待で膨らんでいく。カーチャが立ち去ると、軽く酔ったヂコイがカバニハを口説きながら入って来るが、彼に全く気のないカバニハは、まるで取り合わなかった。

第2場:カバノフ家の庭

その日の夜。クドリャーシが恋人のヴァルヴァラを待ちギターを弾いている所へ、ボリスがやって来た。「こんな所で何をしているんだい?」と尋ねるクドリャーシに、ボリスは「ヴァルヴァラからここに来るよう言われたんだ」と答える。カーチャとの密会を悟り、再びボリスに苦言を呈するクドリャーシだったが、やって来たヴァルヴァラはボリスに「ここで待っていてね」と言うと、クドリャーシを連れて木戸の前の道を下っていった。そこへカーチャが現れる。ボリスは彼女の顔を見るなり自分の感情を抑え切れずに、彼女の手を取り愛を告白する。初めは抵抗する素振りを見せていたカーチャだったが、相手は密かに想っていたボリス..すぐに彼の愛を受け入れ抱き合った。ヴァルヴァラが戻って来て「あっちにいい場所があるわよ」と言うので、2人は手を取り合いそこへ向かう。その後ヴァルヴァラが頃合いを見計らって「そろそろ帰らなければ..」とカーチャを呼びにいき、女2人は木戸を通り抜けこっそりと帰っていった。

 

第3幕

第1場:河畔の寂れた山荘

クドリャーシと友人のクリギンが、雷雨の中雨宿りをしている所へ、ボリスの叔父ヂコイもやって来た。クドリャーシとヂコイが「雷の正体は電気であるか神の仕業であるか..」と議論を交わしている間に雨は止み、皆は外へ出ていく。続いてヴァルヴァラが現れ、クドリャーシを呼び止めると、次には遠くに姿の見えるボリスを呼びつけた。ヴァルヴァラは2人に「チホンの帰りが早まって、カーチャが罪悪感で気が狂いそうになっているの..」と告げる。そこへカーチャがやって来るので、ボリスとクドリャーシはとっさに身を隠す。カーチャは「夫の顔を見ていると、罪を犯したことが怖くて死にそうになるの!」とヴァルヴァラに訴え、その身を震わせている。ボリスとクドリャーシは、出て来てカーチャを落ち着かせようとするが、ボリスの顔を見たカーチャは一層取り乱し、皆は閉口した。そこへカバニハとチホン、ヂコイが現れる。突然の夫の登場にカーチャは思わず自分の不貞を告白し、相手がボリスだということも告げると、そのまま気を失ってしまう。その後意識を取り戻したカーチャは、外へと飛び出し走り去る。外は再び嵐になっていた。

第2場:ヴォルガ河畔

チホンが妻のカーチャを必死で捜している。ヴァルヴァラは自分のせいだと泣き叫ぶが、恋人であるクドリャーシに「一緒に逃げよう!」と言われ、2人は新しい生活を夢見て去っていく。その頃カーチャは、死を覚悟しさまよっていたが、何もかも忘れてボリスと一緒になれたら..との夢もどこかで捨て切れずにいた。そこへ当のボリスが現れるのだが、彼は叔父のヂコイからシベリア行きを命じられたと、カーチャに別れを告げ去っていく。もう全てが終わったと、カーチャは胸の前で十字を切り河へと身を投げる。
河から女性の死体が上がったと、通行人が騒いでいる。駆け付けたチホンは、冷たくなった妻を抱き締めると「全部母さんが悪いんだ!」と母親のカバニハを激しく責めた。それに対しカバニハは、表情一つ変えずに「皆さんお騒がせしてすみません。どうも有難うございました。」と静かに言い放った。(幕)

プログラムとキャスト

<スタッフ・キャスト>

 

指揮:David Robertson

演出:Richard Jones

合唱指揮:Roberto Gabbiani

舞台装置&衣装:Antony McDonald

照明:Lucy Carter

振付:Sarah Fahie

 

サヴィオル・ヂコイ:Stephen Richardson

ボリス・グリゴリェヴィチ:Charles Workman

マルファ・カバノヴァー:Susan Bickley

チホン・カバノフ:Andrew Staples

カチェリーナ:Amanda Majeski

ヴァーニャ・クドリャーシ:Cristopher Lemmings

ヴァルヴァラ: Emily Edmonds

クリギン:Lukáš Zeman

 

ローマ歌劇場管弦楽団及び合唱団

 

*新プロダクション*

 

上演:チェコ語

字幕:イタリア語&英語

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APR 2020

ローマ歌劇場

ローマ歌劇場(Teatro dell'Opera di Roma)は、イタリア・ローマにある歌劇場。1880年11月に開場したコスタンツィ劇場がその前身である。数度にわたる名称の変遷、改修工事を経て、現在は総席数約1,600の歌劇場である。ローマ・オペラ座とも訳される。

 

歴史

ローマ歌劇場の前身である「コンスタンツィ劇場」の名前はこの劇場を建てた施主、ドミニコ・コンスタンツィに由来します。彼は私財をもってこの劇場を計画し、設計をミラノの劇場建築家アキーレ・スフォンドリーニに委嘱しました。かつてはローマ皇帝ヘリオがバルスの邸宅があった用地に新劇場は18ヶ月で完成し、1880年11月27日、ロッシーニ「セミラーミデ」の上演で開場しました。

ドメニコ・コンスタンツィはこの歌劇場を自ら運営し、経済的困難はあったものの、数多くの世界初演を行うことができました。その代表が、1890年、マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の大成功でした。ドメニコの死後、その息子エンリコ・コンスタンツィが運営を引き継ぎ、1900年1月14日、プッチーニ「トスカ」の初演を挙行しました。

1907年にコンスタンツィ劇場は支配人ヴァルター・モッキ率いるSTINに買収され、1912年から1925年まではモッキの妻であるソプラノ歌手、エンマ・カレッリを支配人として興行が行われました。

その後、1926年11月にコンスタンツィ劇場はローマ市庁によって買収され、王室歌劇場と改称されました。建築家マルチェッロ・ピアチェインティーニの設計による部分改築が行われ、15ヶ月の休場の後、1928年2月27日、ボーイトの「ネローネ」によって再開場しました。

首都ローマの豪壮な都市計画を進行していたムッソリーニのファシスト政権はこの王室歌劇場も精力的に梃入れしました。大恐慌の影響でニューヨーク・メトロポリタン歌劇場を離れイタリアに帰国した名歌手を集結させ、名指揮者トゥリオ・セラフィンを音楽監督に戴いて、同劇場はミラノ・スカラ座に比肩し得る黄金時代を築きました。

1937年からはローマ市内にある古代ローマ時代の公衆浴場遺跡、カラカラ浴場での野外公演も夏季シーズンに開催されるようになりました。

第二次世界大戦後、王制から共和政への政体変化に伴い、歌劇場はローマ歌劇場と再改称された。1958年にはローマ市庁によって更なる改修・近代化が行われました。

現在の総席数は約1,600。

 

 

ローマ歌劇場へのアクセス

 

住所:Piazza Beniamino Gigli, 7 

 

地下鉄 Linea A  停車駅:REPUBBLICA TEATRO DELL'OPERA

 

バス
Via Nazionale - H, 40, 60, 64, 70, 71, 170, 116T 
Via Depretis - 70, 71 
Via Cavour - 16, 75, 84, 150 (festivo), 360, 590, 649, 714 
Stazione Termini - 16, 38, 75, 86, 90, 217, 310, 360, 649, 714 

 

TAXI 
電話番号:- 06,3570

 

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