放蕩児の遍歴 ローマオペラ

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OCT 2020

放蕩児の遍歴

 

作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー

台本:W・H・オーデン&チェスター・コールマン

 

 

あらすじ

 

舞台は18世紀のイギリス。

 

第1幕

 

快活な金管のファンファーレ風の前奏曲の後に幕があがる。春の午後、田舎のトゥルーラブ家。恋人どうしのアン、トム、およびアンの父のトゥルーラブが三重唱を歌う。トゥルーラブはトムのために職を世話しようとするが、トムは堅実な仕事を馬鹿にする(アリア)。そこへニック・シャドウが現れて、トムの叔父が死に、遺言によって大金がトムにころがりこんだことを伝え、喜びの四重唱に発展する。トムとニックは手続きのためにロンドンへ行くことになる。トムとアンは二重唱を歌い、別れを惜しむ。トムは、手続きが完了したらアンとトゥルーラブをロンドンに呼び寄せると歌い、ふたたび三重唱に発展する(以上第1場)。

ロンドン、マザー・グースの売春宿で、トム、ニック、マザー・グースが酒を飲む。美・楽しみ・愛とは何かを聞かれ、トムは最初の2つに答えるが、愛については答えることができない。カッコウ時計が1時を伝え、トムはそれを口実に帰ろうとするが、ニックは12時に戻してみせ、時間はトムの思いのままだと伝える。トムは愛について悲しく歌い(カヴァティーナ)、マザー・グースはトムと寝る(以上第2場)。

夜、再びトゥルーラブ家。トムからの音沙汰がないのでアンは心配し、トムを助けるためにひとりでロンドンへ行こうとする(アリア)。家の中から父の声が聞こえ、アンはためらうが、決然としてトムのもとへ向かう(ハイCで終わる有名なカバレッタ)(以上第3場)。

 

第2幕

ロンドンのトムの家。アリアを歌うトムは都会の堕落した生活に倦み、幸福を求める。ニックがやってきて、幸福になるために人は自由でなければならないといい、感情や良心から離れて自由な意志を通すために、醜女として有名なトルコ人ババとの結婚を勧める。トムとニックは二重唱を歌う(以上第1場)。

アンはトムの家の前までやってくる。そこは婚礼の行列の場で、トムが輿に乗ってやってくる。トムはアンに去るように言い、口論になるが、そこへ輿のかげからババが顔を見せ、トムはアンに妻だと紹介する(三重唱)。アンは走り去り、トムとババの婚礼がはじまる。ババがヴェールをぬぐと立派なヒゲが生えていた(以上第2場)。

ババはえんえんとしゃべりつづけ、トムは結婚を後悔する。ババは怒ってアリアを歌いながら物を投げる。トムはババをだまらせるためにかつらで顔をふさぐと、ババは動かなくなる。トムが眠りについたところへニックがやってくる。眠りからさめたトムは石をパンに変える機械の夢を見たことを語る。ニックはトムが夢に見たとおりの機械を見せ、トムは大喜びする。二重唱の後、ニックはトムに機械の大量生産の必要性を説く(以上第3場)。

 

第3幕

トムは破産し、借金取りから逃げるために雲隠れした。トムの家財は競売に出されるが、その中には2幕で静止したままのババもまじっている。競売人のセレムが熱中のあまりババの顔の上のかつらを握りしめると、ババが動きはじめ、2幕で中断した歌の続きを歌うが、自分が捨てられたことを知る。トムを探してやってきたアンをババは力づける。舞台の外でトムとニックの声が聞こえ、アンは彼らを追って去る(以上第1場)。

夜、墓地。ニックはトムに対して、1年間仕えた報酬として命を支払うように要求する。12時の鐘がなったら命を取るというが、9つなったところでニックは鐘を止め、それからトランプをカットし、トムが何のカードを3回当てることができたら命を取らないでやろうと言う。トムは遠くでアンが歌っているのに気づいて勇気づけられ、勝負に勝つ。ニックは地下に沈むが、その前にトムが発狂するように呪う。トムは自分をアドーニスと思いこむ(以上第2場)。

ベドラムの精神病院。トムはビーナスが自分を訪れることを待ちのぞむ。病院の管理人に連れられてアンがトムに会いに来る。トムはアンをビーナスと思い、愛の二重唱を歌う。トムは疲れを見せ、アンはトムの願いに答えて子守唄でトムを眠らせる。トゥルーラブがアンを呼び、アンは眠るトムに別れを告げて去る。目ざめたトムはアンがいないことに気づき、ビーナスが盗まれたと思いこんで、心痛からそのまま息絶える。合唱が弔いの歌を歌う(以上第3場)。

幕が降りた後、主な登場人物5人がその前に現れ、怠け者の心に悪魔はつけこむというこの話の教訓を歌う(以上エピローグ)。

プログラムとキャスト

<スタッフ・キャスト>

 

指揮:Daniele Gatti

演出:Graham Vick

 

トゥルーラブ:Stephen Richardson

アン:Chen Reiss

トム:Juan Francisco Gatell

ニック・シャドウ:Markus Werba

マザー・グース:Susan Bickley

ババ:Adriana Di Paola

セレム:Paul Nilon

 

ローマ歌劇場管弦楽団及び合唱団

 

新制作

 

上演:英語

字幕:イタリア語&英語

ローマ歌劇場

ローマ歌劇場(Teatro dell'Opera di Roma)は、イタリア・ローマにある歌劇場。1880年11月に開場したコスタンツィ劇場がその前身である。数度にわたる名称の変遷、改修工事を経て、現在は総席数約1,600の歌劇場である。ローマ・オペラ座とも訳される。

 

歴史

ローマ歌劇場の前身である「コンスタンツィ劇場」の名前はこの劇場を建てた施主、ドミニコ・コンスタンツィに由来します。彼は私財をもってこの劇場を計画し、設計をミラノの劇場建築家アキーレ・スフォンドリーニに委嘱しました。かつてはローマ皇帝ヘリオがバルスの邸宅があった用地に新劇場は18ヶ月で完成し、1880年11月27日、ロッシーニ「セミラーミデ」の上演で開場しました。

ドメニコ・コンスタンツィはこの歌劇場を自ら運営し、経済的困難はあったものの、数多くの世界初演を行うことができました。その代表が、1890年、マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の大成功でした。ドメニコの死後、その息子エンリコ・コンスタンツィが運営を引き継ぎ、1900年1月14日、プッチーニ「トスカ」の初演を挙行しました。

1907年にコンスタンツィ劇場は支配人ヴァルター・モッキ率いるSTINに買収され、1912年から1925年まではモッキの妻であるソプラノ歌手、エンマ・カレッリを支配人として興行が行われました。

その後、1926年11月にコンスタンツィ劇場はローマ市庁によって買収され、王室歌劇場と改称されました。建築家マルチェッロ・ピアチェインティーニの設計による部分改築が行われ、15ヶ月の休場の後、1928年2月27日、ボーイトの「ネローネ」によって再開場しました。

首都ローマの豪壮な都市計画を進行していたムッソリーニのファシスト政権はこの王室歌劇場も精力的に梃入れしました。大恐慌の影響でニューヨーク・メトロポリタン歌劇場を離れイタリアに帰国した名歌手を集結させ、名指揮者トゥリオ・セラフィンを音楽監督に戴いて、同劇場はミラノ・スカラ座に比肩し得る黄金時代を築きました。

1937年からはローマ市内にある古代ローマ時代の公衆浴場遺跡、カラカラ浴場での野外公演も夏季シーズンに開催されるようになりました。

第二次世界大戦後、王制から共和政への政体変化に伴い、歌劇場はローマ歌劇場と再改称された。1958年にはローマ市庁によって更なる改修・近代化が行われました。

現在の総席数は約1,600。

 

 

ローマ歌劇場へのアクセス

 

住所:Piazza Beniamino Gigli, 7 

 

地下鉄 Linea A  停車駅:REPUBBLICA TEATRO DELL'OPERA

 

バス
Via Nazionale - H, 40, 60, 64, 70, 71, 170, 116T 
Via Depretis - 70, 71 
Via Cavour - 16, 75, 84, 150 (festivo), 360, 590, 649, 714 
Stazione Termini - 16, 38, 75, 86, 90, 217, 310, 360, 649, 714 

 

TAXI 
電話番号:- 06,3570

 

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